Apocalypse
美術家として大変優秀な方でもあり、私もデッサンの手ほどきを受けたことがありました。
歴史ある学校でもありましたので、美術に造詣のある保護者の方々が集まり、定期的なデッサン会を開いてくださっていたのです。
裸婦のデッサン会に参加するのは初めてのことで、最初はとにかく驚きました。
モデルを務めてくださる女性が、身にまとっていた布を脱ぎ捨て、身を隠すものを何一つ持たず、大勢の人の目に裸を晒すのです。
慣れない私は、カーッと顔が熱くなり、高なる動悸を周りの方に気づかれないように、平静を装うのに必死でした。
15分ごとにデッサンを仕上げていかなければならないので、そんなことに気を取られていると、あっという間にベルが鳴って、次のポーズに移ってしまいます。
気がつくと、恥ずかしさはすっかり消え失せ、夢中になって鉛筆を走らせていました。
先生は順々に生徒さんの間をまわり、アドバイスをしてくださいます。
あまりお話が得意な方ではなかったようで、私のそばに来て、ぼそっと話しかけてくださったことを思い出します。
ちょうどお亡くなりになった次の日から、東京都美術館で展示会が始まるという知らせをいただき、行ってきました。
先生の作品は、私の身長ほどもある大きなもので、<未完>と記されていました。
天使と悪魔を対比させたテーマを好まれていらっしゃったようで
よく見ると下に「2020 Apocalypse」「2021 Apocalypse」とありました。
Apocalypseとは「黙示録・啓示」という意味です。
まだお若くて、先月のデッサン会も、いつも通り開催されていたと聞きます。
それなのに、ご自分の最期を予見していらっしゃったのでしょうか。
微かな情報を頼りに、どんな思いで描こうとされていたのか
その思いに近づきたいと思いながら、しばらく眺めていました。
人生は、気づいた時には、駆け足で走り抜けていくような哀しさを感じます。
思い残すことのないように
後悔することのないように
今できることに精一杯向き合う。
素朴だけれど、実践するとなると、とても難しい。
そんな大切なことを教えてくださった
先生のご冥福をお祈りいたします。(鶯)